あさがお制作見聞録② 『一枚や二枚じゃとても足りないね!』
あさがお制作見聞録②
『一枚や二枚じゃとても足りないね!』
文:制作進行 成田和優
アニメ制作には「素材の入れ回収」という手続きが多くの段階で必ず発生する。
素材とはレイアウトや原画の場合もあれば、動画、仕上げ、参考資料の場合もある。
関わるスタッフが全て社内に在籍しているのであればシンプルに手渡しすればよい。
しかし多くの作品はそうではないし、『あさがお』もまたそうではない。
したがって社外にいる様々なスタッフに対して社用車や電車移動による入れ回収が発生する。
ゼクシズでは日に2回、入れ回収を専門に担当するスタッフがいる。
彼らの活躍により一日に要する入れ回収は全て対応できるため、制作進行は社用車の運転や中央線の往復による時間のロス、あるいは青梅街道の渋滞や満員電車による途方もないストレスを避けられる。
制作進行はこぞって彼らに素材を託し、実に快適に仕事と向き合うことができる。
以下の例外事態の発生を除いて。
①入れ回収先からの「ピンポイント」の時間指定
②入れ回収担当スタッフの稼働時間帯「以外」の時間指定
③急ぎの用件
さてこれら例外事態が生じたときはどうすべきか。
当然自身で事態に対応しなければならない。社用車が3台ある理由はそのためだ。ただし当該事態は他のどの制作進行にも生じ得る。
よって当該事態が生じたときには慌てずに、まずは制作進行全員の所在を示すホワイトボードを確認する。
運良く誰かが先に、彼に起きた例外事態に対処していた場合は彼の社用電話にコールして、
「お疲れ様です。ちょっと急な回収が出てきまして。今どちらにいらっしゃいます?
あ、じゃあ自分の案件の割と近所ですね。もし可能だったらついでに回収お願いしたいんですが…。ありがとうございます! LINEで住所送りますね。お手数かけます。よろしくお願いします!」
と言う。
コール先の制作進行の現在所在地と自身の要件先との距離がその実全然近くなかったとしても取り敢えず気にしないようにする。そもそも、距離の遠近については定量的な判断基準はないのだ。
要は方角が同じであればよい。そしてほとんどの入れ回収はスタジオの東方面で生じるため、まずもって問題ない。
淡々と入れ回収先の所在地を送り、「ありがとうございます」「よろしくお願いします」といったニュアンスのスタンプを送付すればよい。
とはいえ流石に負荷をかけすぎたか、という時もある。(当初の帰社予定時刻より30分程度の超過は全く問題ない。40分も同様である。45分以上は少々まずい、というのが私の見解だ。)
そのような場合には帰還してきた二、三物言いたげな制作進行が口を開く前に適当なコンビニ菓子の一つでも渡せば波風は立たない。
問題は菓子を切らしている場合だ。
苦肉の策として私が発明したものが「感謝カード」である。
スクエア型の付箋紙に、心から感謝を込め、なるべく丁寧に「感謝」と書き、入れ回収を肩代わりしてもらった制作進行の机の目立つ箇所に貼るのだ。
「おい、あれだけの外回りをさせといて菓子の一つもないのか?」
「残念ながら菓子はありません。その代わりに、それがあります」
「何これ?」
「感謝です」
「は?」
「感謝、です」
「は??」
このようなやり取りを幾度となく経て、感謝カードは徐々に根付いていった。
「何それキモチワル」
夥しい感謝カードの応酬を見て言い放ったある制作進行のPCにも、今では私の書いた感謝カードが貼られている。
初めて感謝カードを贈った私の真正面に座る先輩制作は、いつからか各制作からの感謝カードをコレクションするようになった。
あるとき彼が自身の担当するTVタイトルの入れ回収にせっせと励んでいたので、ついでに彼の帰社予定時刻が3時間ばかり後ろにずれこむ量の「あさがお」の回収を出前気分で頼んだ際は、
「おいおいおい………そこまでさせるなら1枚や2枚じゃとても足りないね!」
と電話越しに言い放ってきた。
その回答を請けて私は3枚の感謝カードを作成し、山程の回収物を持ってきた彼に心を込めて手渡した。
彼は大変ご満悦で(計算通り、3枚とも色違いのペンで書いたことをお気に召したのだ)、コレクションに追加した。
彼の当面の夢は机の空きスペースを感謝カードで埋めることらしい。
夢の実現に協力は惜しまない。
(本写真は先輩制作のコレクションの 一部を記録したものである。)