あさがお制作見聞録④ 『制作進行マル秘コレクション』
あさがお制作見聞録④
『制作進行マル秘コレクション』
文:制作進行 成田和優
アニメ制作では役目を果たし不要となった「紙」が多く生まれる。
たとえば制作進行が印刷したキャラ・プロップ・美術等の設定や、コンテ、タイムシートなど。
たとえばアニメーターが描いたキャラや衣装、動きの練習など。
他方、アニメ制作では鉛筆を小指サイズになるまで使う倹約精神が尊ばれている。
以上が理由だと睨んでいるのだが、アニメ制作においてはこれら不要となった紙の裏面、すなわち裏紙を使ったコミュニケーションが非常に盛んである。
とりわけ裏紙を二つ折りにし、アニメーター、演出、監督からの「上がり」を挟んだり、制作進行から各セクションへの参考資料を挟んだうえで一言、二言メッセージを書くことが文化として根付いている。
これを「はさみ紙」と呼ぶ。
メッセージとは例えば以下のようなものだ。
お疲れ様です。
ネットから拾ったビニール傘の参考画像です。
イメージに近いものございますでしょうか。
ご確認よろしくお願い致します。
原画あがりです。よろしくお願いします。
さて、これから話すことはアニメーターや演出家には知らせたことがない内緒のことなので、取り扱いには気をつけてほしい。
決して、みだりに密告しないで頂きたい。
よろしいか?
実のところ我々制作進行はアニメーター、演出、監督からの「はさみ紙」をコレクションしている。
あまつさえ、よい「はさみ紙」は制作進行どうしで見せびらかし合って品評したりもする。
よい「はさみ紙」とは何か。
分かりやすいのはキャラの表情の練習描きに使われていた「はさみ紙」である。
裏面に書かれた制作進行へのメッセージが単に3文字の「あ が り」だけだったとしても、紙そのものに価値があるため真っ先にアーカイブされる。
だってそうだろう?
加瀬さんに褒められてはにかみ喜ぶ山田のラフ画を、情報の伝達が済んだからといってゴミ箱に投げ込むことなどできないだろう?
できるならあなたは人でなしだ。
他には例えば、「お叱り」がある。
手際が悪い、対応が遅い、約束を忘れる、繰り返し間違える、言っていたこととやっていることが違う。
そういったものが積み重なった時に直筆でお叱りを頂くことがある。
相手は人に感動を届けるプロである。そんなプロが書くお叱り文は圧倒的な迫力で我々のみぞおちを抉る。
無論、そんなものを貰ったら血の気が引く。胃が痛くなる。吐き気がする。トイレで袖を噛みながら声を殺して泣く。
顔を洗ってトイレから戻ったら、クリアファイルに入れて引き出しにしまうのだ。
「二度と同じ過ちを繰り返さない」という決意を風化させないために。
残念ながら風化しコレクション入りを果たす。
「もうこれ以上あなたのことを信用することができない」
つい一週間前に手渡しされた激烈に厳しいお叱りの「はさみ紙」を、とっておきのコレクションとして見せてくれたあの制作進行にどうか救いを。
ところで私はこれから唐突に演出家 長屋誠志郎の話をするが、それは私のコレクションについて自慢するためではなく、彼に深甚な感謝を表するためだということを信じてほしい。
彼は「あさがお」1話の絵コンテ、演出、原画を担っただけではなく、3話の作画監督補佐と、作画リテイクが出たいくつかのカットの動画までをも手がけて頂いた。
手元に円盤がある方はエンドクレジットを確認してほしい。
「長屋誠志郎」の名が縦横無尽に踊っている。
長屋さんは上がりの「はさみ紙」にしばしばイラストを添えてくれた。それは決まって彼の代表的な仕事の一つである、赤塚不二夫の漫画を原作としたテレビアニメのキャラクターだった。
(残りあと1カット…)とかかれた「はさみ紙」には、彼の発明したトッティ顔のトッティが「はさみ紙」いっぱいに登場した。
追い込みの時期、駆けずり回って息もきれぎれ机に戻ったときに、こういった「はさみ紙」(と確かな上がり)が机に置かれていると疲れが吹き飛ぶ。
吹き飛びついでに仕事を中断してとりあえずスキャンしておく。
長屋さんは実に彼らしいユーモア溢れる「はさみ紙」とともに最後の上がりを出してくれた。
私は彼の担当範囲の残り作監カットが「ゼロ」であることを示す日報を「はさみ紙」に挟むとともに、返礼としてささやかな歌を詠んだ。
長屋さんはげらげら笑いながら読んでくれた。
そればかりか仕事を放ってPhotoshopで「あさがお」のアニメーションクリップの背景美術と組み合わせてくれた。
私は『あさがお』の制作が終わったその日まで、この長屋さんとの「合作」を自身の机の、いつでも目に入るところに貼り続けた。
もちろん今でも、私のとっておきである。