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あさがお制作見聞録⑥ 『親愛なる作業員へ』

あさがお制作見聞録⑥
『親愛なる作業員へ』

文:制作進行 成田和優

理想的な作り方はこうだ。

レイアウト → 原画 → 動画(出し前) → 動画 → 動画検査 → 色指定 → 仕上げ →仕上げ検査 → 撮影

教科書的、と言ってもいいかもしれない。

ところで1クールに放映されているTVアニメを仮に50本とする。
1本の総話数を12話、各話に必要な動画・仕上げ枚数を仮に3000枚とする。
動画マンが1日に描ける動画を仮に10枚、仕上げマンが1日に仕上げられる(塗れる)動画を仮に30枚とする。
少ないと感じたならあなたの好きなアニメからあなたの好きなカットを選び同様の作業をやってみればよい。それも、あなたができうる限り最大限丁寧に。

このような事情から湯水のごとく時間あるいは予算あるいはその両方がある場合と、それそのものが制作の目的に含まれている場合を除き、国内のリソースのみで制作が完結しているアニメは無い。
今夜放送しているアニメはどれも、それが占める割合が1割なのか9割なのかの差はあれど、物理的あるいは電子的にカットは海を渡り、膨大な数の韓国もしくは中国のアニメーターの支援を得たものだ。
「あさがお」も例外ではない。

国外に作業を依頼する場合、切迫具合に応じて以下のような言葉が使われる。
「中n日便送動のみ」「中n日電送動のみ」「中n日電送動仕」「48時間電送動仕」「24時間電送動仕」。
「便送」とは航空機を使って素材の入ったカット袋を送ること、「電送」とはインターネットを介してスキャンした素材データを送ることを指す。
「動のみ」とは動画作業だけを依頼すること、「動仕」とは動画検査工程を飛ばして動画から仕上げまで通貫に行うことを指す。
従って「動仕」という言葉が現れたときには教科書的な制作から逸脱したことを意味する。
12時間電送動仕、10時間電送動仕、果ては6時間電送動仕が存在するという説も聞く。
幸運にもそれが必要な状況には出会っていない。

制作進行経験者ならば遍く全員が知っていることの一つに「便送のにおい」というものがある。
航空機の貨物室の環境に依るものなのか、はかり知れぬ事情に依るものなのか、帰国した便送カットは総じて独特の強い芳香を発する。
「さぁこれがそうだよ」と差し出されたそれを素直に嗅いだ時はひどく咳込んだ。
差し出してきた先輩制作はカット袋に鼻をこすりつけて腹いっぱいに吸い込み、陶然としていた。
私はトマトが好物だが彼は嫌う。蓼食う虫も好き好きである。

さて、発注するカットに何らかの注意が必要である場合は通常、カット袋にメモ書きを貼る。

「繊細な作業ができる方にお願いします」
「線の太さは原画に合わせてください。太すぎる場合はリテイクになります」
「正確な中割をお願いします」云々。

相手が外国人の場合はどうする?
先輩から受け継いだこのメモを貼って送り出す。

この文章が理解可能なものになっているか否かはGoogle翻訳に依存している。
ともかくこの文章に込められている思いはこうだ。

「親愛なる作業員へ。
あなた方の仕事ぶりにはいつも助けられている。
さて、このカットもまた極めて重要なものだ。丁寧な作業を願う」

返ってきたカット袋にはこんなラベルが貼られている。

「高品質作業」

実に多くの動画、多くの動仕が海の向こうの作業者によって描かれた。
目を見張るような上がりだったことも、目を背けたくなるような上がりだったこともある。いずれにせよ、国内スタジオでは絶対に受けてくれないような状況でさえ彼らがノーということはなく、必ず上げてきた。

カット袋にはレイアウト、原画、動画、仕上げ作業者の名前が必ず記載される。必ず。
しかし海を渡ったカット袋については作業者の名前が分からない。
いや、書かれてはいる。ただ、読めない。
読めない名前はただの記号でしかない。
従って彼らを認識することができない。
彼らの存在は、カット袋に詰められた多様な上がりだけがかろうじて証明している。

便送のにおいに咽せながら時々、ぼんやり考える。

親愛なる作業員はいったいどんな場所で、どんな環境で働いているのだろうか。
男性だろうか。女性だろうか。
年齢はいくつだろうか。
作業中はどんな音楽を聴いているのだろうか。
どんなお菓子を常備しているのだろうか。
海を渡ってきた山田を、加瀬さんを見て何を思うだろうか。
作業員同士でどちらが好みか、といった軽口を叩いているだろうか。
あるいは淡々と粛々と言葉少なく手を動かしているのだろうか。

空き時間を使って小遣い稼ぎに描いているのだろうか。
偉大なアニメーターになる日を夢見て歯を食いしばりながら描いているのだろうか。

親愛なる作業員は、いつかどこかで『あさがお』を見てくれることはあるだろうか?