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あさがお制作見聞録⑨ 『いつの間にか入り、いつまでもいる人』

あさがお制作見聞録⑨
『いつの間にか入り、いつまでもいる人』

文:制作進行 成田和優

「あさがお」3話について語るとき、作画監督 須藤智子について語らないわけにはいかない。
語ることを避けることができない。

初対面は絵コンテを所属先のスタジオに届けたときだった。
非常に失礼な形容だと思うのだが、小柄で華奢な人。という印象だった。
次に会ったのは作監打ちだった。
やはり同じ印象だった。
次に会ったのはゼクシズに席を置いた日だった。
この日から約3ヶ月に渡って、その背中を仰ぎながら、その背中に守られながら3話を戦っていくことになる。

私が道中征く先々で犯した数多くの失敗と、その都度行われた彼女による許し、挽回、打開について仔細に記すこともできる。
だが、伝えたいことはそれではない。伝えたいことといえば……。
例えば彼女は、姿勢がとてもよい。
書道家のような佇まいで作監机に向かう。よい姿勢のまま不休で一心に鉛筆を振るう。
束の間簡素な食事をする時でさえ、背筋が伸びている。

例えば彼女は器が大きい。ある重大なミスが見つかり、そのリカバリーを彼女に押し付けなければならなかった。
恐る恐るお願いしたところ、じゃがりこ買ってきてください、の一言で請け負ってくれた。

例えば彼女は厳しい。
私が希望的観測、願望を含んだ見通し、現実性を欠いた計画にしがみついたとき、私の眼を真正面から見据えて静かに、しかし非常に厳しく嗜め、戒め、アニメ制作において根拠のない楽観は持つべきでないと指南してくれた。

例えば彼女は優しい。
幾度も過ちを犯す私にそれでも、あなたを信じます、と言ってくれた。

例えば彼女は強い。
制作の終盤、土日なく昼夜の別なく追い込みが続いており、心身に支障はないか尋ねた。
「大丈夫ですよ。こうみえて私、たくさん修羅場くぐってますから」
からっとした笑顔で涼しく言い放った。
疲労していないわけがないはずの彼女が、疲れを顔に、態度に出すことは無かった。
ただ一心に机に向かい、鉛筆を振るい続けた。

「あさがお」3話は間違いなく、須藤智子という類稀なるアニメーターの満身の働きに支えられた。
彼女の恩恵を受けていないカットは1カットもない。

5月2日、彼女がゼクシズを去る日、1階の関係者通用口で見送った。
私は別れが惜しく取り留めもない会話を数分続けた。
それも苦しくなってきた頃、彼女はいつものように真正面から私の眼をみて、

「あぁ、名残惜しいですねぇ!」

と笑い、丁寧にお辞儀をし、去っていった。
何よりも嬉しい言葉だった。
これ以上は望めない労いの言葉だった。
そして、次に彼女と共に戦う何処かの制作進行を少しだけ羨んだ。